ホームへ |静的画集トップ 

おめでたいは自虐から始まる!?自称「芸人系クリエーター」ヒダカアヤの静的作品集です。

« 前のネタへ   | 次のネタへ »

2008.09.04:第15巻 人の行動基準は

koudou01.jpg

koudou02.jpg


「強要」は「教育」ではなく「拷問」だす。


自由な立場のワタクシは、理不尽なこと言われても従いませんし、それを強要されたら逃げます。


ただ、「従うしかない(と思ってる)立場」の人もいるんだよなーー。。と。


例えば、子どもとか組織の一員とか。。。


理解できれば動くわけですから、一方は「必要性を説く・諭す」必要があるだすね。


逆にもう一方は、説明を受けても「必要性がない」と判断したことは、従うべきではないと思うのでアリマス。本来。


理不尽を続けると、ストレスで病気になる。

ともすると「報復」なんてことにもなりかねない。

「我慢」なんて、キホン道理の通ったところでしかできませんってば。大人も子どもも。


なーんて話しを中学一年のムスメにしていたら、ムスメ曰く
「あるブログに書いてあったよ『学校とはやりたくないことをガマンしてやることを学ぶ場所だ』だって」。


さすがムスメ!上手いこと言うなーーーこりゃカアサン1本取られたなーー(ってオイ!)


まさに現実の世の中は理不尽だらけ。矛盾の中で生きていかねばならないのも事実。道理も様々、思いが通らぬこともある。


しかし思うに、んなもん親や学校が "敢えて教える 必要"ないんじゃないの?


意図的にそんな境遇を与えなくても、日常生活でブチ当たるし、自分で気づいて学ぶし、克服するわけで。


「ガマン」の先にあるべきものは「目的」でありイコール「生きる喜び」だーーー!


もっと可能性とか希望にスポット当てるべきだべさ。


じゃないと、生きてもツマンナイ世の中にしか思えない。大人のワタシでさえそう思うわ。

先の見えないガマンなんて"生き地獄"。んなもん放棄放棄。体壊すもん(笑)。



ともあれ、正直にモノが言える環境・人間であることは大事だす。




話しは戻り、「やりたくないこor必要性を感じないものは、=できない」。


んじゃ「国民の義務」や「法律」は?


納得できないものでも「規則ですから!」「法律ですから!」。。。ムム


「守らないと捕まるから」という必要性かーーー。。。うーむ))


ame_banner.gif

このページのトップへ

ホームへ

サイトマップ | 会社案内 | お問い合わせ